アンナチュラルは、不自然死を調査する民間の研究所「UDI」で働く人々による法医学ミステリードラマ。遺体を解剖し、死因を究明することで、事件の真相であったり、真犯人を暴き出すというのが毎話の基本的な流れとなる。
■登場人物とキャスティングについて
本作の主人公は石原さとみ演じる三澄ミコト。33歳の法医解剖医である。医者としてはまだ若いが、仕事ができる優秀な人物として描かれている。
石原さとみが役の年齢よりもかなり若く見えるということもあって、あまり信憑性がないキャスティングではあるが、ステレオタイプの勝ち気な女性というのも食傷気味だし、振り返ってみると適任だったと思う。
一家心中の生き残りという法医学を志すバックボーンはあるものの、この過去は本筋にはあまり関わってこない。主役というよりは視点人物という表現の方が適切だろうか。
で、本作の影の主人公が井浦新演じる中堂系だ。ミコトと同じくUDIで働く41歳の法医解剖医。
無愛想で口は悪いが腕は立つ少し影のある男前という人物で少女漫画に出てきそうな設定である。アンナチュラルの登場人物は、女性陣は現実にいそうな人格をしているが、男性は漫画的・アニメチックな”キャラクター”であるといえる。
8年前に恋人が殺され、その遺体を自ら解剖したという重すぎる過去を持つ。恋人を殺した犯人は捕まっておらず、この事件は作中最大の謎として提示される。
井浦新は、少女漫画的でありながら人生に疲れ切った中年の男性というこの何とも言えない役どころを見事に演じきったと思う。
窪田正孝演じる久部六郎はアルバイトとしてUDIで働いている26歳の医学生。真面目で気の弱い男だが、雑誌編集社から送り込まれたスパイという二面性がある。
窪田正孝の実年齢は当時29歳らしいが、やはり役者は若く見えるので、実年齢-5歳くらいの役がちょうど良いのだろう。そういう意味で違和感はなかった。
市川実日子演じる東海林夕子は、UDIの臨床検査技師でミコトの良き同僚である。
市川実日子は独特の存在感があって適任だったとは思うが、石原さとみと並ぶと身長差が明確に出てしまい、石原さとみが更に幼く見えてしまうのが難点。
他は割愛する。
■各話感想
○1話 名前のない毒
毒殺と思わせて実はウイルス感染による死亡というケース。
ドラマの放送時期が2018年の1月からということで、図らずも新型コロナウイルスの流行を予見するかたちとなった。
毒殺からウイルス感染、感染源が人から病院へと二転三転する展開。
生者より故人の名誉を優先したことでミコトの結婚がご破算になる。そこから話はミコトの過去へ繋がっていくという構成。
○2話 死にたがりの手紙
これも座間9人殺害事件を思わせるような内容で、事件発覚が2017年の10月末くらいなので、かなりタイムリーだったと言える。
集団練炭自殺の中に一人だけ混ざった凍死の遺体。その遺体の中から見つかった紙くずにはダイイング・メッセージが残されていた……と本格ミステリみたいなあらすじだが、その後は冷凍車に閉じ込められてそのまま池に沈められるという緊迫した展開に。
「白夜を見に行く」というのは、まさしく正反対の極夜(明けない夜)のような状況にいる彼女らにとって太陽の沈まない夜というのは希望の象徴だったのだろう。
○3話 予定外の証人
包丁でついた傷から犯行に使われたのは被害者の家にあった左利き用の包丁ではなく、右利き用の包丁だったのではないか? という反論から始まる。
しかし、ここから法廷で女性蔑視発言が飛び出し、事態は場外乱闘の様相を呈する。
最終的にミコトではなく中堂が探偵役を務めることで事件は解決というかたちになるが、ここでミコトに男たちを論破させてスカッとする展開にしなかったのは、おそらく問題がそこまで単純ではないことを示したかったのだろう。
この話では一見、検察などの男性優位社会にいる男たちが若い女性の法医学者に対して高圧的な物言いをして従わせようとするありがちな構図が描かれているように思われるが、殺された女性ブロガーも男性を一方的に利用して成り上がり、無職である夫に対してキツく当たっていたわけである。夫は女性に対して強い不信感を抱き、女に自分の人生を任せられないと言って罪を認めようとした。
要するにミクロな視点から見れば女性優位の環境は存在するし、現状が男性優位であっても今後何かのきっかけで女性優位社会に転換することだって充分にあり得るわけである。
女性が男性を打ち倒すという展開は、女性優位を示すことに繋がり、差別という観点からすれば、本質的な解決ではない。
去り際の中堂の言葉のように判断基準を性別に置くことに対して疑義を呈したかったのだと思われる。
○4話 誰がために働く
バイク事故を起こし死亡した男。責任の所在は、過剰に働かせていた勤め先か? 症状を見逃していた医者か? バイクを修理した修理屋か? という冒頭から始まり、話は労働問題に発展していく。
全体的に収まりが良すぎる話。勤め先の人間が一致団結して経営者に立ち向かうあたりを作りものに感じてしまうほどに現実が狂っているのかもしれないが……。
○5話 死の報復
海に飛び込んで自殺したと思われた女性だったが、海水の成分を調べると女性は飛び込みを目撃された場所ではなく、流れ着いたと思われていた発見場所で死んだことが発覚する。
更に女性の肺の状況から頭から海へ飛び込んだことが判明し、足から海へ飛び込んだという目撃証言と矛盾する。
このことから導き出される結論は、目撃者が嘘をついているか、見間違えたかのどちからである。
作中では目撃者が嘘をついているという可能性の検討が充分になされず、見間違えと断定する。
この辺の処理が甘く、犯人に関してもほとんど事前情報がないので、かなりアンフェアと言える。
この作品は本格ミステリじゃないと言われればそれまでだが、プロセス自体はかなり丁寧に進行していたので、もう少し手を加えれば本格度が高められたと思うので、残念。
この5話から中堂との関係が動き出し、最終回に向けた助走が始まる。
○6話 友達じゃない
腕と耳につけられたデバイスから電流を流してあーだこーだして呼吸を止めるというかなりぶっ飛んだ遠隔殺人。
余談だが、仮面ライダーオーズ/OOOの伊達さんがほとんどセリフのない死体役のうえに強姦魔という設定。その分キョウリュウレッドの見せ場がある。
○7話 殺人遊戯
法医学VS本格ミステリといった趣向の話。
なぜミコトに勝負を持ちかけたのか? という部分はあまり説明されていない気がするが、背中の刺し傷が深く均等に入りすぎているという分析と紙粘土の手がかりから自殺という結論を導き出すあたりは鮮やか。
自殺を食い止めるシーンでは、ミコトの言っていることは少し的が外れていると思うが、不条理に屈するなというメッセージは10話でも中堂に向けて投げかけられており、一家心中という不条理を乗り越えた彼女の信念を表している。
一方、恋人を殺した犯人を殺すつもりでいる中堂は、少年に対して「自殺するならいじめの加害者を殺せ」とは言わず「許されるように生きろ」と前向きな言葉をかけており、中堂は逆に信念に反しているとも言える。
○8話 遥かなる我が家
10体の焼死体の身元を特定するという気持ちの下がる話。これも2019年に起きた京アニ放火事件を予見していたかのようである。
解剖のシーンではずんの飯尾をピンチヒッターで呼んだりして雰囲気が暗くなりすぎないように配慮しているように感じた。
父との仲が悪かった元ヤクザの男を自分と重ねた六郎は、焼死体となった彼の名誉を回復させることに成功し、今度は自分が父親と向き合う番と考えて自分の想いを父に伝えるのだが、結局絶縁を言い渡されてしまう。
還るべき場所を見つけた死者と帰るべき家を失った生者の対比が痛切である。
これを機に六郎はUDIこそが自分の居場所と考えるようになるのだが、それは同時にスパイとしての自分を精算する必要に迫られるということも意味していた。
○9話 敵の姿
連続殺人のミッシングリンクを探すという内容だが、アルファベットというのが何とも捻りがなく、かつ見立ての理由の説明もないのが物足りない。
ここまで引っ張ってきた金魚の痕もそういった意匠が施されたボールを突っ込んだ痕だったというのもやや拍子抜け。
前回、元ヤクザが命がけで救った男が殺人犯だったというのは強烈な皮肉だが……。
○10話 旅の終わり
犯人が警察に出頭し、ライターが犯人に関する本を出版したことで、事件が再度明るみになり、中堂の恋人の父親が動き出し中堂と和解することで、彼女の埋葬場所が明らかになり、そして彼女が荼毘に付されず、土葬されていたことが判明する……と上手いこと連鎖して事件は解決する。
遺体の歯の裏に犯人のDNAが残っていたというが、慎重な犯人が素手で作業するとは考えづらく、人物像とは少し矛盾する手がかりではある。
ここでも不条理を乗り越えたミコトと不条理に囚われたままの犯人という対比が描かれている。
■総評
作中でも度々出てくるが、本作には不条理に対して向き合うこと、それが未来に繋がるというメッセージが込められている。
バットマンシリーズの「キリングジョーク」というジョーカーの誕生譚が描かれている物語では、コメディアンの男が一夜にして女房を失い窃盗未遂で警察に追われる立場となり狂った結果ジョーカーというヴィランが生まれたとしている。
バットマンの正体であるブルース・ウェインは幼い頃に目の前で強盗に両親を殺害されているが、その過去を糧としてヒーローとなる。
しかし、誰もがそんな風に強くあれるわけではない。ジョーカーのように道を踏み外してしまう人もいるだろうし、何事にも無気力になったり、最悪の場合は自殺してしまうこともあるだろう。
アンナチュラルでも不条理な死に直面した人物が復讐として殺人に走ったり、あるいは後追い自殺をしようとするケースが描かれている。その度に主人公であるミコトは屈するなというメッセージを発信するが、それは強者の論理だ。
終盤、ミコトは初めて養母に対して弱音を吐く。このシーンでは、どんなに強くあろうとしてもこの世界の不条理に一人で向き合うのは困難で、強制されるべきことではないとミコトの信念とは違った角度からの解答が示されている。
バットマンにもアルフレッドがいるわけで、本質的に人が望んでいるものはこの世界の不条理に対する真実や回答なんかではなくて、不条理を分かち合える人なのかもしれない。